最近、退屈すぎて眠れないので、そろそろ社会的な反感を起こしたい。

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ここ4日くらい、まともに寝れてない。頭ん中で考え事がグルグルと回って、眠りたくても眠れない。

 

毎日が量はあるけど刺激不足。物足りない。何か、欠けている。

 

それが感覚的に気になってしまって、その「何か」が見つからないかな?と思って考えてしまう。見つからないのはわかっているのに。

 

こういう場合、考えないことが一番いい、というのはわかっている。し、原因がわかっているから余計に面倒。

 

 

刺激不足でヤヴァい

今、ボクは仕事が好きだけれども、圧倒的に退屈を感じてきている。刺激が足りない。挑戦的な目標ではない。安心、安定は大事だけれども、刺激がなければ心が物足りなくなっている。

 

ということで、ボクが考えてることは、今のところ3択。

 

①来年には独立する(ストレッチor整体)

②ホームレスになる(これは「プロ奢ララヤー@taichinakaji」のようなもの)

パーソナルトレーナーの独立コンサル

などだ。

 

ただ、これでも毎日がもやもやするのは、「今」何かが欲しいからだと思う。「この目標に向かって頑張ればいいのでは?」と思うでしょう。たしかに、ボクもそうしたいのは山々。

 

が、ボクの細胞は衝動的に動くように設計されているようで、「今」にしか反応しないようにできてて、全く未来のことに関しては反応が鈍い。

 

逆に、土壇場で物事を進めるときは計画なしでも走りながらブリコラージュ的にばきばきと物事を仕上げてしまうんですね。ホント、面倒な性格でボクも困っている。

 

だから、とにかくトラブルが起こって欲しいと思うだけど、それもなかなか起きるわけでもなく。

 

しかも、そのトラブルを乗り越えるには、ある種の挑戦的な内容でないとボクの脳は活動しない。

 

さて、であれば、気休めでもいいから国外に旅して刺激をもらうのもひとつ。(刺激解消のために大量の本を読むのもそろそろ限界な気がするし。)

 

 

リスクが活力をくれる??

兎にも角にも、リスクを取りにいかないと心がもたない。

 

今、目の前でやっていることが今後に繋がることはわかっているが、それ自体に魅力を感じなければ、意味がない。

 

どんなリスクを取りに行こか?

 

①仕事を来月辞める

②家を捨てる

③仮想通貨投資

④ポーカー

⑤女の子と遊びに行く(?)

 

あー、書くことでわかってきたけど、シンプルに「楽しくない」から、刺激が欲しいようだ。

 

そう。楽しくない。仕事はもっと社会を巻き込むエンタメであるべきだ。

 

今は社内の数人をメインに関与するだけな上、進むスピードが鬼遅い。未来の展望がはるか遠くに見える。

 

それが辛い。もっと社会を巻き込みたい。もっと社会ごと変えちゃいたい。絶対その方がオモロイ。

 

やるか。社会ごと。反感をもらうようなキツイやつ。

打算的に儲けましょう

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お金を稼げない人はなぜ貧乏なのか。ボクが思うに、ひとえに情報量が少なすぎるんだと思う。

例えば簿記3級持っている人とそうでない人は、 企業の仕組みを知らないからうまくお金儲けができないということも一つだと思う。

後は消費が大好きな人。その商品を次のステップにつなげることができればいいんだけれども、

 

商品を買って満足して終わってしまう、その場合は自分にいるものはその商品を買った体験しか残らない。

大事なのはその体験を生かすことであったり、その商品を買ったことでできる人との繋がりをどう楽しむか。

例えばスタッフには、車を買うことがすごく快感と言うか、自分にとってすごくいいのある趣味という人もいる。

 

家にお金の使い方はそれぞれなので何だっていいんだけれど、もったいないなと思うのはこの商品を買って次のステップに進むことがほとんどないという点。

車を買ったらやっぱり100万円とか200万円とかはさらっとなくなる。

 

もちろんそういうお金の使い方をして、自分が長期的に見ても楽しいのであればそれでいいんだけれど、個人的には何でそんなことをするのか全く理解ができない。もしに乗るだけだったらレンタルでいいし、車。

僕はどちらかと言うと打算的なお金の使い方が多くて、例えるならばわらしべ長者

 

 

わらしべ長者が楽で儲かりやすい

ドクターストレッチに入ってからは強くそれを意識していて、研修所をその時かなり早くでたトレーナーとして信用を獲得しておいて、

店長にアドバイスをすることでまた信頼を得て、そこ得た信頼を元に店長代行になり、

 

実際に店長プレゼントに出て店長になり、結局自分のマネジメント能力の低さで副店長になったけれども、

 

店長の時に新規客を獲得することの能力をアピールできたことで、今は6店舗の新規客の獲得の担当ポジションを得ることができた。

そして1年半ドクターストレッチで働くことで得たお金を自分の能力アップのための読書や整体術の勉強代として投資している。

 

本は年間で20万円ぐらいしか使わないけどマネジメントやマーケティングその他のビジネスの基本的な情報収集に使えるし、整体は45万円。

18ヶ月でトータルしてもたった65万円しかないんだけれども、車を買うよりもはるかに次のステップ、次の遊びに繋がるんだから僕にとってはすごくいいゲーム。わらしべ長者自体が。

 


お金は信用を数値化したもの

ドクターストレッチで言うならばお客様はトレーナーを信用することで数万円時には10万円近い回数券を買って帰る。これは明日のトレーナーを信用している数値と考えて良いと思う。

では、話を振り出しに戻すとお金を稼ぐのが不得意な人というのは、他人からの信用を得るのが不得意ということにつながる。

 

信用がないからお金が借りれないというのは銀行のシステムを見れば明らかで、結局銀行がお金を貸す基準となるのも「返済能力」があるかどうかの問題。

 

性格とか人柄とかではなく、完全に返済能力があるかどうかしか見ていない。それが銀行から見た信用なんですね。もちろん僕は今、正直そんなにお金を持っているわけではないし、なんなら貯金もない。

 

ただ、社会人なってから自分の個人的な商売にたくさんお金を費やしてきたし、勉強にも通用してきたし、それが失敗という経験になって借金にもなっている。トータルで見るとそれはお金を使って得ることができた学びにもなっている。

 

借金は数字的なマイナスであって経験値をマイナスにはしていない。むしろプラスになっている。今会社員をやっている人は、自分の価値を給料の額面だけで考えていないだろうか。

 

別に人間性を見るとか資産運用をしろ、とかそういう話ではない。

 

 

仕事は信用つくりマシン

その仕事で得られるプロジェクトで自分の付加価値をどれだけあげられるかということを考えていますか?ということ。

自分がずっとお金がないのは単純に信用がないだけ。何かの実績があればそれを担保に信用を得ることができるし、お金を新たに生むことができる。

つまり、ものすごく簡単にいうと、お金がないのは信用作りが下手ということ。

そして信用を作ること=頑張ることでは絶対にないということを念頭において働いた方が楽しいよ、ていうこと。

 

もし言っている意味がすごく腑に落ちた人は実際にわらしべ長者ゲームをやってみると楽しいよ。ゲームのでやるよりも数十倍楽しい。

しかもゲームのお金が違って現金が手に入るから、それを使ってまた別のゲームが始められる。資本主義はすごくめんどくさいけど、やり方次第ではすごく自分の人生を楽しいものに変えてくれるので、是非自分の次の給料は読書という形でもいいから投資してみてはどうでしょうか。

組織というシステムが嫌い

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僕は組織が嫌いだ。これまでの武道経歴か長いせいなのか、単に性格の問題なのかわからない。が、組織が好きでないのは確かだ。

 

たとえ、今の会社が居心地よく働きやすいとしても、組織なのだから「嫌い」カテゴリーに入ってしまうのは仕方がない。

 

何がここまで僕に嫌気をささせているのか??

 

 

人の話が聞けない

 

まず一つ。僕は「複数人に混じって話をする」ことがとても嫌い。

 

雑談だとしたら尚更嫌いで、目的もなく話し合っている時間がとても無駄に感じる。「ここにオレいる?」と、とても時間を削ってる感覚にとらわれる。

 

しかも、そもそも人の話が聞けない体質なので、みんなの話が全くもって頭にはいってない。

 

学校生活なんて授業もまともに聞いていない。ずっーと寝てたし、聞いてても全く違う妄想が頭を支配するので寝ているのと変わりはなかった。

 

※ちなみに、全く授業を聞かなくても成績は常にトップ10前後だったので、いつかまたその勉強法はここで書ければな、と思っている。

 

さて、話を戻す。

 

 

自分の都合で動けない

 

組織は他にも不都合なことがいっぱい。「自分の都合で物事が進まない。」

 

30歳にもなって何を言ってるんだ、と思ってるでしょうが、ほんとだから仕方がない。

 

例えば、僕は走りながら考えて仕事を進めるタイプ。そこに、計画をキッチリしないと進められないタイプの人がチームにいるとする。

 

その時、どちらが悪いとは言えないが、うまくワークしないのは火を見るより明らか。

 

これを無理にでも実行しないといけないのが、組織。性格が合う人だけでできればいいんだけど、それができない場合は絶対にある。

 

し、それでもプロジェクトを成功させないといけない。

 

ストレスは扱い方次第で強みになるけれど、どう考えたって疲れはたまる。生産性もない。

 

 

アクションの初動が遅れる

 

そして何より僕が嫌になっているのは、「組織ゆえに好き勝手に行動できない。」

 

行動しながら考える人間なのに、まず考えてからアクションを起こすのが基本だ。

 

もちろん、予算やリターンの計算は必要なので最低限のはやるけれど、見切り発車がなかなかできない。つかれる。考えてばっかでつかれる。

 

きっとまだまだ、僕は他にも嫌いな理由をたくさん並べられるだろうし、とことん向いてないのがコレを吐き出すことで明確になってきた。

 

僕は組織が嫌いだ。もしかしたら、理由はないのかもしれない。

フラットな組織でしか生きていくの無理だわ。

人間関係の作り方についてやっぱり疑問がある。 フラットの場所だと思って接していたのに、自分の実績・成果物がないと評価されないのはもはやそれはコミュニティではないと思う。

 

コミュニティの中の上下

確かに、ある一定のコミュニティの中で自分が得をするように動くことは大事だとは思う。ただそれは仕事でやってほしい。 自分の存在価値を高めるために居場所をうまく利用するのは、ちょっと違うんじゃないかなと思う。

 

もし、そういう利害関係を念頭としてコミュニティの中で遊ぶのであれば、それは内部の人達にとって、悪い意味でのハレーションを起こす。

 

そのコミュニティの使い方に対して、善悪はないと思うけれども僕としては気には入らない。

 

また、集団の中でトップがいることは当然だけれども、個人的にやっぱり誰かの下になるのは全く面白くない。そういう気遣いをしたくないからコミュニティと言わを利用しようと思っているのに。

 

となれば、僕がやるべき今後の路線は、「先生」というポジションである。

 

先生という特異ポジション

先生は、ある意味で常に上のポジションに立てる。フラットにこちらは接することができるし、相手から自分の方が上だという態度を取られることもほとんどない 。もし取られたとしたらそれはこちらからきっちりと住み分けをすればいい。

 

ここからできることといえば、整体・ストレッチトレーナーとして先生というポジションの確立。または古武術の先生というポジション。一番簡単なのはこの二つである。

 

要は、僕は性格が悪いことに、誰かの下にならずに誰かの上になるように常に仕組みを作っていく方が行きやすいということになる。30過ぎて何を言ってるんだと思うけれどももう性格だから仕方がない。

 

警察学校も眼鏡屋のJINSも前の会社も。この三つの企業で共通することはなぜか妙に上からの立場から物を言われることである。当然自分は下っ端なので、上から言われることは当然の図式になるのだけれども、それでもやっぱり気に入らない。フラットな組織がいい。

 

どれだけその人が頑張ろうが、どれだけ実績があろうが、正直自分にとってはどうでもいいことで、居心地の悪い空気を作られるなら自分から撤退していく。一緒にいて楽しくないのだったら、そこにいる意味が全くもってないから。

 

自分の市場を築いていく

自分からへりくだってストレスを溜めながらその先にある得を取りに行くのであれば、嫌なことを我慢してお金を得る会社生活とたいして変わらない。

 

それが嫌だから何度も転職しているのだから、それをプライベートの場空間に持ち込んでいたら僕はやっていることに矛盾が生じてしまう。

 

自分に嘘をつくことでまた自分の迷いの中に自分を閉じ込めることになる。得なようで損しかない。

 

では、具体的に自分はどのようにその嫌な空間に取り入ることなく自分自身をきちんと活かしていくことができるのか。それは、整体とストレッチと古武術と言うなかなか珍しい体の動かし方の組み合わせ。ここから具体的に年収を上げていきたいと思う。

 

ちなみに年収を上げたいのはお金が欲しいからではなく面白い仕事をしたいから。自分の年収が自分の市場価値という具体的な数値化になれば、そこから判断されて面白い仕事ができるからである。

 

僕は今、30歳。ここからあと10年で、自分の新しい市場を切り開いていこうと思う。




じぶんの天職を見つける方法を知っているか?

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三十歳になってようやくわかった自分の仕事。

 

23歳でメガネの JINS 就職してから特に思うことは僕は商売人という仕事が向いているということ。 詳しく言うと商売には仕事ではないけれども、 前に書いた記事のように僕は商売人という競技に熱狂できるタイプということだけはよくわかった。

 

そしてまたもうひとつわかったことは、 今の会社を通して二つの想いていることがわかった。一つは集客、もう一つは手技だ。

 

武器は集客と手技

集客と一言に言ってもやり方はいろいろある。 僕が得意なのはどうも既存のやり方に沿って改善スピードを上げることではなくて、 ラテラルに物事を考えて昨日までなかってやり方をとにかく高速で PDCA で回していくことのようだ。

 

その今までになかったやり方を取り組むということが僕の中で一種の快感であり、 仮説と検証を繰り返す中で、 自分の仮説が正しいとわかった時が何よりも 気持ちがいい。

 

そしてもう一つは、手技。 手を使った仕事の事がやり今にやっているストレッチや、 今勉強している整体のことだ。 なぜこの二つの仕事が向いているかというと、実は僕は小学4年生の時から多少のブランクはあるにしろ、ずっと武道を続けている。

 

9歳の時の合気道から始まり、 中高大で少林寺拳法部に所属、大学生の時は空手やキックボクシング日本拳法などにも取り組んだし、 社会人になってからは少林寺拳法の先生のってもあって関口流柔術という古武術を今はやっている。

 

つまり好きとか嫌いとかいうレベルではなく、 ライフワークとして人の体をひねったり押したり叩いたり蹴ったり。 人の体を触ることが他の人よりもはるかに長い時間をかけて取り組んできたことになる。 しかもここに努力などは関係なくて、 21年かけて培ってきた圧倒的な量が僕の武器となっている。

 

ストレッチに関しては様々な意見があると思うが僕自身は向いていると思っている。 特に言うでもなくむしろ武術の練習の延長線上にあるので、練習できるし、うまくなるし、お金は入ると言った一石三鳥ぐらいの気持ち。

 

せっかくなのでどうやったら自分が向いている仕事につける方法をシェアしようと思う。

 

自分の好きで得意をシゴトにする方法

まず第一に自分が好きで得意なことがなにかを見極めることからである。いきなり何が得意かは絶対にわからないのでおすすめすべき順番は、好きなことをやる。アホみたいな回答だがこれが絶対に正しい。

 

僕はただただ武道が好きで続けていた。 みんながなぜモノが欲しいなるか考えることが楽しい。教科書に載っていないことや、インターネットに載っていないことを自分の中で想像し仮説と検証を立てて 調査するのも僕の中でかなり楽しい遊びのひとつ。要は、わからないことを知りたいという知識欲。

 

いまざっと偉そうなこと言ってみたものの、 僕は過去5年間で四つの仕事について全部失敗している。 どれも長続きしない理由楽しくない。けどなぜ、今は自分が得意なことを仕事にできたのかというと、 自分に嘘をつくのをやめたからである。

 

自分に嘘をつくと何も実現できない

見栄やプライド自意識過剰な部分、自分が認められたいというくだらない欲。 自分ならもっと大きなことができている過信。 何もないからこそ強がってしまう、そこから生まれる虚勢。

 

くだらない自分の心のせいで、自分の人生自体がごちゃごちゃになっていたということが分かる。 今は自分の欲望に従順だ。 それに自分がどれだけダメなやつか分かっているしそのダメな部分を愛する力を持っている。 自分ができないことは他人がやればいいと割り切っている。

 

おそらく自分が得意なことを仕事にできない人はこの自分のダメな部分を受け入れることがなかなか難しいプライドを持っているし、自分の欲望に従順でないからまいど自分がやりたいことに足踏みをしてしまう。そして言い訳を考えて行動を起こさない。そのせいで自分がやりたいことがわからない。 ものすごい悪循環。

 

どうしても自分の欲に従順になれない人にアドバイスをするのであれば、僕がよく考えるやり方として、 今日この後すぐ死ぬとしたらどうする?という自分への問いかけである。

 

死にそうな体験をした結果、欲望に従順になる

この考えに至ったのは、2年前にバイク事故で早朝から車に体当たりし精巣が飛び出るという大怪我を負ったからというのが正直なところ大きい。

 

本当に前触れもなくトラブルがやってくるように思うけれども、実は明日のトラブルが起こる要因は毎日少しずつ積み重なってきているということを理解しなければいけない。

 

ということはわかっているものの実際自分が悪い方向へ進んでいるときは自分を止める手立ては自分自身が一番よくわかっていない。 だからこそトラブルが突然降ってきてるようにおもえるし、何の準備もしていないから結局のところをただただ潰れるだけ。

 

そうなると思う自分でリスクを回避する方法というのは徹底した自己管理しかなく、他に手段は基本的には見当たらない。 となれば、 トラブルというものは想定外のところからやってくるものということを想定内にしていることが一番自分の人生の対処法としてって言ってる場合考え方。

 

要は対応策は特別用意していないけれども、何かあった時にとっさに対応する心だけ用意しておけばそれで十分。それ以上はやりすぎ。

 

このあと死ぬんだったら、やりたいことやった方がよくない?

今日この後すぐに死んでしまうのであれば、やりたいことは躊躇なくやった方がいいよねというシンプルな選択になる。 たとえそれがかなり無茶なことであったとしても、 次の瞬間に死んでしまうのであれば、無茶であろうが大変であろうが正直どうだっていいはず。 ただやりたいからやる本当にそれだけ。

 

こ難しく考えずバカになってこれをやりたいと思うことを素直にやればいい。それでは結局会社にとって利益になったり社会にとって役になるのであれば、自分がやっていることに価値を見出してくれる人が出てきたり、あまりにも価値評価がないのであれば、自分から価値のある場所に移ればいいだけの話。

 

別に日本にこだわる必要はないし、たとえ日本を好きだとしても、需要がある場所は都会と田舎でも違うし、暖かい場所では何も居場所でもかなり変わってくる。 自分がやりたいことをやりたいように進めるには、結局のところ、やりたいことをやりたいようにやってそれが自分の仕事になるように持っていく他ないのである。

 

ダラダラとやりたいことをやってお金が欲しいなあ、それを一生懸命やるのは無理だなあと考えるならばあきらめたほうがいい。 それは人生の終わりを意味するけれども。

なぜ社員教育をしても現場の質が変わらないのか?

社員教育をすることに意味があるんだろうか?

 

社員の成長よりも、会社の成長が早いのに

時代の流れが早くなった今、社員が成長するよりも早く社会がどんどん変わっていく。社員が成長する前に会社が変化しないといけない。そんな混沌とした 時代に、社員教育という概念はフィットしているのだろうか。

 

もちろん何も教育をしていない社員を現場に出すことはできないし、社員教育を全くしないというのは現実的ではない。 ただ、 それは現場の話であって近い未来は社員教育はなくなっていくものと思っていた方がいいのだと思う。

 

では今の時代にフィットした社員教育というのは、 どういうものか?

 

入社前で全てが決まっている?

僕が思うに、社員教育のパッケージ化が現段階では最適なのではないかと思っている。ド短期の研修によりマネタイズできるレベルを一気に現場に排出するやり方。実はこれは既にもう僕も体験していることで、ここまではすごくいいシステムだと思っている。

 

じゃあ何が問題かと言うと、 実際現場に出てから、 仕事を行うマインドや本質的な物事の捉え方の部分である。ここができていないと結局どれだけ社員教育に力を入れても、 基盤がないのでどんなにいい情報を与えたところでその人間はマネタイズの一部にならない。

 

となるともっと話は遡り、社会に出るまでの教育というところにポイントが置かれてくる。

 

特に今僕が肌身に感じているのは大学卒業した人と専門学校を卒業した人の考え方や物の捉え方の差が非常に大きいなと感じて部分。ちなみに僕は関西外国語大学を卒業しているが、 スポーツ推薦で入学している上、 一生懸命に勉強した覚えはない。(もちろん単位は全部取っているし、大学3年目には残り1教科を省いてすべて単位は取得していた)

 

専門学校に行っている人は別に今の会社だけでなく他にも知り合いでそういう人たちはいる。 僕の妹の弟も専門学校を出ている。前の嫁も専門学校を卒業している。

 

そして、もし彼らに共通する部分があるとすれば、大多数の人達は大学に行くほど勉強が好きじゃない。だから、 だから専門学校に行くということを選択した。ということぐらい。

 

この「勉強が好きじゃないから専門学校に行く」という発想と、「仕事で現場にでてからの本質的をとらえる力」に相関性があるのか?というところが重要なところ。

 

物事の本質をとらえる力 

現段階で考えられるのは、大学というのは例えば僕のように外国語をメインとした学校でも、もちろん英語じゃない授業はたくさんあって、心理学や社会学や英語での時事問題の討論など、 外国語を学ぶということ以外にもたくさんやるべきことがあるし、 そこで単位を取らないと大学を卒業できない。当たり前だけど。

 

それと比較すると専門学校は違うんじゃないだろうか。一つの専門に対して、 つまり一本の幹に対して枝葉を3年近くかけて無数につけていくことをメインの学校生活にしている。 だから考え方よりも、覚えることが中心であって、根本的になんでこれが必要かということを特に理解する必要すらない。

 

また、 大学は専門学校と違って、自分の意思で自分が学びたいものを選択する力を実は癒しなっているということも考えられる。 この点で専門学校は、専門学校に行くということは自分で選択しているけれども、そこから何を学ぶかということに対しては自分の意思を育む期間がない。

 

ただを出されたカリキュラムをこなしていくこと、それが学校生活というものになっている。やはり本質的になぜその授業が必要なのかというものを考える珍しい重大でない限り、何も考えることがなく専門学校を卒業することになる。

 

まとめると、現場に出るまでの社員教育はコンパクトにまとめることでこれからの時代の流れに対応することができる。ただそれまでの学校生活の送り方によって、質の高い社員教育の有無に関係なく 、そこで働く人々の質が決まってしまうという残酷な現実があるのだなということです。

 

もしこの問題に企業が対応できるのならば、 採用システムを変えるということぐらい。 この採用についての考え方についてはまた別の機会に話せるだと思う。

やりたいことをやりたいようにやる。振り返っても何もないので。

やりたいことはすぐにでもやった方がいいと僕は思っている。

 

やりたいことをするために、準備が必要と言っている人を見かけるけれども僕は全然おすすめしない。というのも、僕自身がやりたいことをできないと思っていたために多くの時間を無駄にしてしまった一人だから。

 

例えば、今僕は整体を勉強しているが、 これは大学卒業してからすぐにやろうと思っていたことの一つで、なんでやらなかったかというと、父親にその道に進むことを認めてもらえなかったから。

 

今考えると当然だけれど、警察学校をすぐに辞めてしまったら自分にとって、これからうまくいくかもどうかも分からない整体の勉強をして、自分のお店を持って行っていくなんて考えは、信用の担保が全くなくなってしまった自分は許可がおりなくて当然。

 

さらにもっと悪いことに、 その時の僕には明確に整体をしたいというわけもなく、ただ逃げ道の一つとして整体を選んでいるという自覚があるわかるに、 ダメと言われたらダメなんだと勝手に諦めてしまった点である。

 

とにもかくにも、僕はこうやってやりたいことをどんどん先延ばしにしてしまったがゆえに、自分の周りの人と自分が納得いく妥協点を見つけて中途半端にやれることをやってきた。

 

その結果は悲惨なもので、自分はやりたくもない上に他人を認めてくれない。もちろんえられる金額も少なく奪われる時間は膨大。全く僕にメリットはなく、 他者にとってのデメリットは大きい。

 

自分は嫌々やってるからこそなかなか自主的に成果を出そうと思う気すら湧かないし、そうなるとその職場で働いてることすらとても時間の無駄に感じてしまう。まるで人生という時間を無下に指定ているような気持ちになって、唐突に仕事を辞めたくなる。というか、やめた。

 

やりたいことはどんどんやった方がいい。その先で失敗しようが成功しようが正直自分が一番楽しい。 失敗も含めて行ったことが楽しいと思える。

 

人生は大事なようでどうでもいいことの連続であり、ふと自分の歩いてきた道を振り返っても全く何もない。少林寺拳法で一位をとったことも、推薦で大学に入って楽しんだことも、警察学校を辞めたことも、長年付き合った彼女と結婚して2年で離婚したことも、ブラックの会社に勤めていやいや毎日働き睡眠不足でバイク事故にあったことも。

 

全て、 振り返った時に経験としては記憶に残っているが、だからといってそれが重大なものではない。 それどころか人一人の命なんて大して価値がない。ここで間違っていないのは僕自身も含めてということは自分もわかっているということである。意味がない。

 

この意味がないという言葉に対しては、悲観的ではなくて楽観的に考えるべきと思って欲しい(でないと生きていることが全く報われない)。

 

要するにそろそろまとめると、 生きていることに全く意味はないのだから、誰の気持ちを気にすることもなく好き勝手に生きていくことがとても自分の人生にとっては有意義な時間になりれるということ。

 

周りの目を気にしたり、自分に逃げ道を与えるために嘘をつき続けることは結局、自分の人生を複雑なものにして、 自分で作った自分の迷いの中に永久に本当にやりたいことを閉じ込めることになってしまう。

 

やりたいことは早く行った方がいい。唐突にこのブログを読んだ後に人生は終わるかもしれない。そして、死ぬ間際に後悔しない人生を送るなんてことは僕は言わないが(死ぬ時にたとえ後悔したとしてもその数秒後には意識はないのだから、そもそも後悔できない)、 シンプルにやりたいなと思ったことをやった方が単純に人生は楽しいんですよ。